敬する心

敬する心

人間が人間たる意義を求めるならば、まず敬するという心を持つことである。人間が現実に留まらないで限りなく高いもの、尊いもの、偉大なるものを求めていく、そこに生ずるのが敬という心である。この敬の心が発達してくると、必ず相対的に自分の低い現実を顧みてそれを恥ずる心が起こる。

私事、どうも敬する心が足りなく、常に敬の文字を持たなければ・・と日々自念しております。いずれにしても自分の低い現実感に日々恥じております・・・